Archive for 6月, 2017

「うちの子は、
算数のノートがすごく汚いんです!」

 
 
今回はこの言葉を記事として取り上げます。
よく耳に入ってくるセリフですが、結論から言うとそれほど問題ではありません。
算数のノートは汚くても、別に構わないと思ってください。
 
少なくとも、算数の力とノートの綺麗さは比例はしていません。
これはハッキリと言えます。
しかも率直に言って、それほどの相関関係はないと感じています。
 
 
以前の記事にも書きましたが、初めて向き合う問題を何とかしてやっつけてやるぞ!という時は、解法を美しく筋道立てて書く、ということ自体が現実的ではないんです。
塾の課題の復習ノートなどであれば、比較的すっきりとした見やすいノートになるでしょう(一度通った道をトレースするだけだからです)。
あるいは、途中経過が採点されるテストの場合は、最終的には他人に見やすく整理して書く必要があります。
ですが、授業用ノート・テストの問題用紙には、書き殴られたメモ書きが残っている方が自然ではありませんか?
様々な計算式や筆算、線分図や面積図に書き出した跡などが残り、模範解答のような簡潔な式ばかりではないはずです。
その2つは別々に考えるべきです。
 
 
一度解いた問題を復習するだけのノートがあまりにもグチャグチャな場合は、ただ雑に解いているだけの可能性があるので注意が必要です。
逆に、初見で解いているはずの問題を解く際のメモが秩序立っている場合は
 
・実力が問題のレベルを圧倒している(問題が簡単すぎる)場合
・一見して解法がわかる問題しか手をつけていない場合
・それらしいやり方を残すクセだけがついており、考えられていない(一見しっかりした式になっているが内容がメチャクチャな)場合
 
ことが多いです。
要するに、問題と向き合うところまで行っていないか、その必要がないかのどちらかなんです。
スピードを上げて走り書きしたメモであれば、丁寧に書いた時の文字と比べると汚いのは当たり前ではないでしょうか。
 
 
しかし、メモが汚すぎることがよくない場合ももちろんあります。
どういった場合かというと‥‥。
最近、ブログの記事が長すぎますね(笑)
次回に続きます!
 
 
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入室についてご連絡いたします。
 
2017年度の6年生(中学受験生)の生徒につきましては、全クラスが定員に達しましたので募集を締め切らせていただきました。
後日、HP クラス編成も更新いたしますが、よりアクティブなブログの方で先にご案内いたします。
6年生以外の他学年、及び高校受験準備を行う小学6年生につきましては、火曜・木曜のクラスは定員に達しておりません。
現在からも新たに生徒をお預かりさせていただきます。
 
入室締め切り後であっても、お電話で状況を伺ってしまうと、何とかお力になれる方法はないかと考えてしまいます。
そのため、お問い合わせがあった場合は、「6年生(中学受験生)」と伺った時点で、それ以上詳しくはお話をお聞きせずにお断りする形で統一させていただきます。
十分な対応ができないことを、お詫び申し上げます。
 
 
もう7月。
6年生の受験生としての1年間を3つに分けるとしたら、もうその1ターム目が終わろうとしています。
 
先は長いようで短い。
先は短いようで長い。

 
いや、先のことなど考えず、今日1日を大切にすることが一番なのかもしれません。
今年も6年生たちの頑張りに、おおいに期待しています。
 
 
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今回は「習うこと」と「自分の力でだけでやりきること」について書きます。
大切なのはバランスです。
 
興味のある面白い問題に向き合わせることが大切で、教える必要はなく、時間をかけても自分で考えることで子供は伸びる、という意見もあります。
これは少し極端かな、と感じます。
ずば抜けた能力の子供であれば、それが可能なケースも中にはあるでしょうが、普通は無理ですよね。
 
例えば、僕が中高6年の数学で一番衝撃的だったのは、積分を学んだ時でした。
この体系を考えた人は本当にすごいなと、心から驚き、半ば呆れました。
僕に永遠の生命があったとしても、あれを考えるのは絶対に無理です。
先人たちが培ってきた知恵は偉大ですね。
(まあこれは算数ではなく、数学のお話ですけれど)
 
 
では、どんどん習って練習し、身につけていこう!ということになるわけですが、習いっぱなしの教わるだけもよくありません。
 
例をあげます。
 
「例題:150円の品物と80円の品物を合わせて20個買い、2650円払いました。
150円の品物はいくつ買いましたか」

 
これは典型的なつるかめ算の問題ですが、よく見ると適当に個数を当てはめていけば、解答に至ることがわかります。
 
生徒たちの口から、こんな言葉を聞けることもあります。
「適当に入れてみたら、2回目でできた!」
「表を書いてみたら、なんだか合計額が70円ずつずれていくから、その規則で答えを見つけた!」
「150円だと、〜50円と〜100円しかできないから、80円の品物をとりあえず〜00円にしてみたら、たまたま一発だった!」
「とりあえず安物を20個買いまくって、そこから贅沢をしていくって考えました!」
「自分は高級品で揃えてから、ちょっとずつ貧乏になっていく方向でいきました!」
 
うーん、惚れ惚れするセリフたちですね。
そうなんです。
この問題のケースでは、一番最初はちょっと粘ってほしいところなんです。
考えてみると先生という職業は、答えを言うのが仕事、みたいなもの。
ですが、肝心なのは「いつ言うか」ということなんでしょう。
そしてその粘りを引き出せるように、表を使ったり誘導の設問を使ったりします。
まずは自力で解答にたどり着いたその後で、仮定したり、面積図を書いたり、連立方程式もどきで解いたりする方法を学んだ方が、グッと理解を深めることができます。
 
いきなり、
「今日はこの問題を解きます。
このタイプの問題はこうやって解いてください。では練習しましょう」
よりもベターであることが感じられないでしょうか。
 
 
そして自力で試行錯誤していく方法の利点は、自分で自分の出した結論を検証するクセがつくことです。
考えてみれば、一定水準以上の入試問題では、問題を読んだ瞬間に解答への筋道が見えることは稀です。
あったとしても、それは「全受験生が正解しなければならない問題」であって、多くの場合はそこでミスする生徒は門前払いになるだけのこと。
まず、いくつかのアプローチを試し、見込みのある道を見つけてまずは突っ走ってみることになるのではないでしょうか。
ダメだったら、また別の手法を試してみればいいんです。
 
そのためには「定石的な解法を学びながら、試行していく姿勢も身につけていく」学習方法が有効なことが、おぼろげながらお分りいただけるでしょうか。
そのアプローチを積み重ねた生徒は、算数の問題にワクワクできます。
そうしたら、算数は最高に面白い科目になります。
 
5年生半ばまでは特に、多くの問題のパターンに当たらなくても構いません。
問題に向き合った時に、武器になる考え方を1つ1つ身につけていくことが最も大切なことだと思っています。
 
 
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夜、集中してパズルを作ったりする時は、歌の入っていないBGMをかけていることが多いです。
個人差はあると思いますが、「暗記系」「論文系」の勉強は音楽と相性があまり良くないイメージを持っています。
算数・数学は音楽がそれほど邪魔にならない系統の学問なので、ラッキーだったなと思いますね。
 
(ちなみに、小学生は集中力をコントロールする術をまだ完全には身につけていません。
家庭学習の際にテレビはもちろん、音楽もかけないことを強くお勧めします)
 
 
ですが、時には気まぐれでボーカルの入ったものを流していることもあります。
先日、だいたいこのような歌詞がふと耳に入ってきました。
 
 
「努力が必要なんてとっくにわかってる
でもいったいどこに向かって頑張ればいいの
悩んで 悩んで 時間だけが過ぎていく
いいから誰か答えを教えてよ」

 
 
耳に入ってくるこんなにちょっとした歌詞に反応してしまうのは、完全に職業病だなと感じます(笑)
僕が気になるのは「答えを教えてよ」の部分です。
ティーンエイジャーが方向性に迷い、誰かに答えを求めることもあるのは自然だと思いますし、別になんとも思いません。
(この辺りが自分も年をとったなあと感じるので、抵抗はあるのですが‥‥)
 
ただ、算数の学習においてはこの姿勢はNGなんです。
もちろん何もかも自分で考えるわけではありません。
しっかりと解説を聞いて学び、身につけるべき場面も多くあります。
ですが同時に
 
「粘り強く考えなければならない。
答えを聞くくらいなら、また後でもう一度考えてみた方がよい」
 
という場面も実はとても多くあるんです。
 
そして低学年のうちは特に、自力で考えられる問題に多く触れることはとても大切です。
また、「答えを教えて!」という生徒よりも「答えは言わないで!」という生徒の方が、総じて伸びると感じています。
 
 
次回の記事でもう少し補足します。
 
 
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マンスリーテストの翌日のこと。
ある6年生の少年との会話です。
 
「テストに出た文章の続きが気になって、今日の昼休みに図書室で探したんですよ。
見つけられたんですけれど、短編だったのでほとんど問題そのままでした‥‥。
少しだけ前の部分がカットされているだけでしたよー。
ちょっと残念でした‥‥」
 
「素早い!
というか、よくすぐに探せたねぇ。
司書のひとに探してもらったの?
あとは自分で検索したりとか?」
 
「いや、自分の記憶と匂いで見つけましたよ!」
 
(図書室に長くいるから、なんとなく配置が頭に入っているということなのかなあ‥‥。
それはそれですごいなあ‥‥)
 
 
(問題文を読んで)
 
「へぇー、デートの文章だったんだね。
面白いね、これ。
確かに続きが気になるなあ」
 
「その続きがなかったんですよ!」
 
「まあ、余韻を残す感じなんだろうね。
この問題を解く時って、まだデートしたことなくても、デートしてる2人の気持ちを考えなきゃいけないんだよねえ。
もう少ししたら、バッチリわかるようになるんだろうけれど。
君もこれから、たくさんデートするよね?」
 
「しません!するわけありません!」
 
「え、でもディズニーランド1人で行ってもつまらないでしょう?」
 
「友達と行きます!
というより、ディズニーランドは好きじゃないです」
 
「でも、結婚はするでしょ?」
 
「しません!」
 
「でも家庭を持つっていうのも、いいものなのかもしれないよ?
お父さんを見ていたら、わかるでしょ?」
 
 
「(即答で)いや、あんまり」
 
 
あっはっは。
文字で表すとなんだか冷たい感じになってしまいますけれど、終始ニコニコしているから、いいんですよね。
それに、テストで出た文章の続きが気になる子はたくさんいるはずですが、実際に行動を起こせるところもすごくいいな、と思います。
どんな青年に成長するか、楽しみになりますね。
 
 
↓Facebookを活用し始めました。イイね!をお待ちしています。
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