合格体験エピソード

メッセの悲劇から新大久保の歓喜
Kくん(2015年度/海城中学校進学)

ぼくは海城中学校に合格しました。
しかしその道は険しいもので、受かると思っていた市川は算数で失敗して不合格、渋幕はチャレンジで受けたので案の定落ちました。
結局、千葉は全滅しました。
あまりに不合格が続いたので、急遽専松を受けることになりました。
そして専松で約2週間ぶりの合格をもらいました。

そして張り切って行った2月1日の海城1次では、算数が難しかったけれど、他の科目できちんと点をとれていると思い、受かったなと思っていました。
しかし、落ちました。
結果は世田谷学園をうけてから聞きました。
そのまま、ウィサードとかけ持ちしていた日能研に直行し、算数のケアレスミスを探したところ、何問か見つかりました。
暗い気持ちのまま晩ご飯を食べ、家族で世田谷に落ちていた場合のシミュレーションを行い、世田谷にうかっていたら海城をもう一度チャレンジし、落ちていたら暁星を受けるということにまとまりました。
しかし、暁星は算数が苦手な途中式を書く問題で、国語は苦手な自由記述があったので暁星もうかる自信はなく、さらに、海城の2次は御三家を受けた人がすべり止めで受けに来るので、あまり自信はありませんでした。

その夜、世田谷の合格がわかり、海城の2次に挑みました。
海城の2次は他の受験生がみんなできそうな顔をしている気がして怖くなり、一瞬受かる自信をなくしました。
しかし、一瞬でそれを消し去って試験にのぞみ、国語には良い手応えがあり、その調子で算数も受けたところ、左半分は良い手応えがあり、右側は全体的には全滅に近いかもしれないけど、右側の大問の得意な立体切断で点数をきちんととれた自信がありました。
良い気持ちで社会と理科を迎え、点数がたくさんとれたわけではないけれど、こけないくらいはとれる自信を持てました。

一次ほどではないけれど、受かる自信があり、翌日の発表は結果を見るのが恐いので、学校に行き、案の定結果をみんなに聞かれ、みんなには一次で落ちたことをふせておいて、まだ結果がでていないからわからないと答えました。
家に帰ってきたあとは、久しぶりというか、6年生になってから初めての長い自由を満喫、近くの公園で遊びました。
家に帰って、お母さんの帰りを待って、帰ってきてもお母さんは結果を教えてくれず、お父さんが帰ってきてから、合格したことを教えてくれました(サプライズ的な感じで)。
喜んだと同時にほっとしました。
 
最後に、ウィサードの先生方、最後までご心配をおかけして、最後まで良い結果を出せずに、申し訳ありませんでした。
海城中に行っても、受験生活の日々をバネにがんばっていきたいです。
ありがとうございました。

アドバイス:試験中の休み時間は小魚を食べることをおすすめします。


進学おめでとうございます。

最後までハラハラしました。
ドラマのある入試だったと思います。
海城2次に合格する力があったのに、どうして?という疑問は今も残りますけれど(笑)本番に慣れて力を発揮するのにきっと少し時間がかかったということなんでしょう。

君は一目見た時から見た目も小学生に見えない!という印象でしたし、考え方も表現の仕方もすごく大人びた生徒でした。
受験生としての1年間で多くのことを学び、さらに成長してくれた感覚があります。
これからの6年間でしっかり人生の基礎を築いて下さいね。

それから、実は君は7月までというお約束でWisardに入室したんです。
ですが、教室の雰囲気を気に入り、最後まで通って海城を目指すことになりました。
その頑張りに応えることができて本当に嬉しかったですよ。
合格、本当におめでとう。

阿部

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