誰もが予想し得なかったメークドラマ

Tくんのお父さま(2019年度/海城中 進学)

2月3日 AM9:00
いよいよ、半年間夢に見てきた第1志望校の合格発表の時がやって来ました。
この時は、半年間この学校の合格のためだけに集中してやってきたこと、また、当日の試験の手応えが十分にあったという息子の言葉を信じ、合格を全く疑っていませんでした。
しかし、そこに息子の番号はありませんでした。
すでに頭の中で体験記を書き始めていた私は、ここでそのタイトルの変更を余儀なくされたのです。


Wisardと阿部先生には、妻の関係者からよく話を聞いていたこともあり、早くから面識がありました。
息子の中学受験を考え始めた3年生の夏から、Wisardにお世話になることにしました。
SAPIXには4年生の春に入室し、まずまずのクラスからの出発でした。
しかしそれからの3年間、順風満帆からは程遠い、茨の道を歩むことになりました。
算数は得意科目として比較的安定していたものの、国語を筆頭としたその他の科目は、なかなか思うような結果を得ることはできませんでした。

息子は国立の小学校に通っており、中学校までは内部進学が確約されていました。
また、その中学校の高校進学実績は、驚くほど素晴らしいものがありました。
そのため、内部進学を放棄して中学受験をするのか、それともそのまま進学して高校受験をするのかということが、当初から我が家の最大の懸案事項でありました。
志望校の合格に大いに不安を抱いていた私たちでしたが、阿部先生の「おまかせください」という力強いお言葉に背中を押され、不退転の決意をもって受験学年に突入しました。


しかし、ここからが更なる苦難の始まりでした。
4月には、今までに経験したことのないようなところまで成績が急降下。
この時は、「もはやこれまで」と先生方とお別れの挨拶を交わした程です。
また、およそ受験までの期間で最も大切だと思われる学校別SOの2回目の朝、突然「行かない」と言い出した息子を、妻と一緒に車の中に無理やり押し込んだこともありました。
最後まで成績は安定せず、偏差値10以上の乱高下は日常茶飯事でした。
このような中、内部進学辞退の期限である12月を迎えました。
ギリギリまで悩みましたが、8月に変更した第一志望に向けて、毎週高いモチベーションで頑張れていたこと、また第1志望校の過去問との相性がよかったこと、何より第1志望校に対する本人の熱意を尊重して、ついに内部進学の権利を放棄して、中学受験に挑む覚悟を決めました。


冬期から1月にかけて、阿部先生に鍛えて頂いた算数にはさらに磨きがかかり、畠中先生に面倒見て頂いた国語は安定した得点源に成長していました。
その甲斐あって、最悪の事態も想定した1月入試でしたが、比較的順調な結果となりました。
ただ、苦手科目の1つであった理科で失敗があったため、時間の許す限り、コアプラスを中心とした総復習を行い、万全の体制で2月1日を迎えました。


そして、冒頭にも触れた2月3日。
その日の朝、第1志望校の合格を信じて疑わない息子に
「今日こそ今までやってきた受験勉強の集大成、最後まで戦い抜いて先生達に恩返ししよう」
と発破を掛け、送り出しました。
試験会場には阿部先生が来て下さっていて、その姿を見つけた時は、親子共々、万感胸に迫る思いでありました。

全ての戦いが終わった後、息子に結果を伝えました。
第1志望校に思い入れの強かった息子だけに、かなり意気消沈していました。
3日校にもそれなりの手応えをもって力の限り健闘したようでしたが、受験した中で最も高いハードルであったため、厳しい結果が予想されました。
その日の夜、すでに合格していた第3志望校には行きたくないと言って、枕を涙で濡らす息子を見て、どうしてこんなに残酷な選択をしてしまったのだろうと自分を責めました。
失意の中、5日校の追加出願も考え始めていました。


そして次の日の朝、AM9:00
5日校をどうするかという話し合いを一時中断してパソコン画面の前に集中する。
「よし、いくよ!」という妻の掛け声とともにパソコンの画面を開く。
心臓が一瞬止まる。
次の瞬間、桜色が目に飛び込んできて感情が爆発。
号泣。
すぐに阿部先生に連絡し、電話口で阿部先生の絶叫を聞いて、また号泣・・・。
ついに息子は、最後の最後で、なかなか超えられなかった高い壁を自らの力で乗り越えたのでした。
息子を誇りに思うと同時に、先生方に恩返しすることが出来て感無量です。
第2志望校ではありますが、最後までどちらを第一志望にするか真剣に悩んだ程の学校。
素晴らしいご縁を頂いて、この学校に進学できることをとても幸せに思います。


これが、我が家の「誰もが予想し得なかったメークドラマ」。
完結。


最後に後輩の皆様へ。
「中学受験は親の受験」とよく言いますが、私は、阿部先生のおっしゃるように「中学受験は本人の受験」であると思っています。
最終的には、自らの力で困難を乗り越えなければならないからです。
しかし主役である当の本人は、まだ未熟な小学生です。
自分から何かをしようという主体性があるわけもなく、かといって、親の言うことを素直に聞いてくれることもない。
なかなか親の思い通りに事が進まないというのが中学受験の実情であります。

それではそのとき親はどのように行動すべきでしょうか?

私たちの経験からすると、親の思い通りにしようとあれこれ言うことは、プラスになるどころかむしろマイナスにしかなりません。
子供は追い詰められるほど、自信とやる気をなくし、力を発揮できなくなります。
したがって、親は、躍起になって勉強を教えることや、子供を管理することよりも、子供を安心させ温かく見守ることを第一に考えてほしいと思うのです。
そうすることで、子供も前向きになり、いつしか自分の意志でゴールを目指すようになるはずです。
あとは、阿部先生と畠中先生にお任せすれば大丈夫。
とかく、第1志望校対策一辺倒になりがちなところ、先生方に第2志望校対策もしっかりやって頂いたおかげで、セカンドチャンスをものにすることができました。
両先生には本当に感謝しております。
ありがとうございました。

自分の子供を信じ、先生方を信頼して、中学受験という経験が実り多いものとなりますことを願っております。
我が家にも春一番が吹いたように、皆様にもいつの日か春の暖かな風が吹きますように。
ご健闘をお祈りいたします。


人生という名の航海はまだ始まったばかり。
これからは、海城という大海原で、勉強だけでなく、人間的にも大きく成長してくれることを期待します。

「息子よ、自分に自信と誇りをもって、今こそ大海に漕ぎ出せ!!」

Wisardよりメッセージ

進学おめでとうございます。

体験記を書いていただき、ありがとうございます。
この1年間のドラマがよく伝わってきます。

息子さんの2月入試は、予想しない結果になりました。
個人面談でも申し上げていた通り、受験の結果として最も濃いのは2/1○ 2/3×だと思っており、次にくるのは2/1○ 2/3○でした。
形式としては、2月1日の方が力を出しやすい試験のはずだったからです。
2月1日で悔しい思いをし、それを2月3日の入試で取り返すという展開は予想しない劇的なものでしたし、息子さんらしいなと腑に落ちる部分もあります。
どの科目も平均値と比べると振れ幅が大きく、安定感には欠けていました。
ただし、自分の型にハマった時は抜群の結果を出してきた1年間でした。

2月4日の9:01に教室のお電話が鳴った時は、復活合格の予感が感じられ、痺れる思いでした。
お母さまの喜びの声を聞くことができたことは今でも忘れません。


思えば、春先の成績不振のためにいよいよ中学入試を断念しようかというタイミングの時。

「志望校に合格する可能性はあります。
もちろん、高校受験という道もあります。
決断しなければならない時ですが、もし中学受験の道を選ぶのであれば、今後それをやめる/やめないの話はなしにしましょう。
辞めさせられるのではないかとビクビクしていたら、子供も落ち着いて勉強できません」

とお話しました。
そこから先は、中学入試をやめるというお話は一度も出ませんでした。
ご家庭が腹を決めてお子さんを支えるという決断をしたことが、好結果に結びついたのだと思います。
これから息子さんはいよいよ自分で考えて行動する年令になり、ご両親の手を離れていきます。
幸い、諦めなければよいことがあるんだ、という得がたい経験を中学受験ですることができました。
次もきっと、頑張るはずです。
塾の先生が申し上げるまでもないことですが、期待してあげて下さい。
将来が楽しみなお子さんです。

阿部

2019年