
中学受験を振り返って
Iさん(2025年度/慶應義塾中等部 進学)
私はWisardに1年と3か月ほどお世話になりました。
私を合格へと導いてくれた阿部先生・畠中先生・廣瀬先生を
はじめとした先生方、ありがとうございました。
私は小学5年生の夏ごろに「Wisard」という塾があるらしいと
母から聞いたとき、最初はSAPIXの学習スケジュールが大変で、
2つも塾に通うなんて信じられないと思っていました。
しかし、Wisardに通うことが決まった後に、
同じマンションの友達2人がいたことがわかり、
さらに同じ学校の友だちもその後Wisardに入塾したため、
最初から通うことが楽しみでした。
私がWisradに入塾して最初に思ったことは、
周りの人たちのレベルがとても高いということ、
そして阿部先生がとても早口で聞き取りにくいということでした。
阿部先生の早口に関してはWisard卒業まで変わらず、
むしろどんどん早くなっていった気がします。
これから入る方は、覚悟が必要だと思います(笑)。
さて、私は「早く周りの人に追いつきたいな」と思いながら、
阿部先生と算数を勉強していました。
すると、6年生の最初の組分けテストで算数の偏差値が上がり始め、
家族みんなでWisardの効力を実感しました。
6年生からは国語も畠中先生に教えてもらうことになりました。
国語もじわじわと上がり、
夏ごろには4科目でバランスがとれるようになりました。
夏期講習以降は、私の志望校である早慶に合わせた志望校対策をしました。
算数の授業中に中等部の過去問を解きましたが、
はじめは「正確さ」や「速さ勝負」ということに慣れずにいました。
しかし、経験を重ねるにつれて時間の使い方に気を付けることが
できるようになり、SFCや早実の問題にも慣れることができました。
1月は学校を休んで、土日と受験日以外はWisardに通うことになりました。
算数では2025年に関することや「入試に出たらラッキー!」というような問題演習、
国語ではSFCの自由記述練習や入試に出そうな文章での演習を行い、
入試本番を迎えました。
2月1日は早実の試験日。
試験後、「算数と理科は失敗したかも……」と思いましたが、
大好きなしゃぶしゃぶを食べに行き、
家族でゆっくり食事をしながら気分転換をしました。
(お店に向かう道中父が間違えて、
家族全員で反対方向の電車に乗ってしまいました)
そして、大船のホテルに前泊しました(1泊目)。
2月2日はSFCの一次試験日。
1時限目の国語で、なんと1月に畠中先生と演習で行った文章が出たのです。
「これはラッキー!」と思いながら解いていくことができました。
これで社会・理科・算数をリズムよく解いていくことができました。
父が縁起をかつぎ、今日もホテルに泊まると言い出し、
急遽田町のホテルに宿泊しました(2泊目)。
2月3日は中等部の一次試験日。
算数で1月に「2025年の約数の和は?」というWisardで解いた問題が
そのまま出題され、本番でも自分のペースに持ち込むことができました。
そのあと、入試を終えた帰りの電車で試験結果を確認しました。
私の直感は当たっていました。
SFCの一次試験は合格したものの、早実は残念な結果となってしまいました。
電車の中で私は泣いてしまいましたが、
「SFCの一次を突破したからには、二次も取りに行こう」と父が大きな声で言い始め、
急遽大船のホテルに宿泊することになりました(3泊目)。
ホテル到着後に、家族で面接の練習を何度もしました。
2月4日はSFCの二次試験日。
私の受験スケジュールはなかなか強気な組み立てで、
2月校全敗もあり得るということを改めて感じ、非常に緊張しました。
しかし、私の才能である「緊張しても話し出したら止まらない」(いつもなら悪い癖)
ことを活かして、面接を頑張りました。
ところが、父が面接で入退室のマナーを間違えていたことを母から聞き、
私は落胆しました。
そのとき、中等部の一次試験結果が発表され、合格したことを知りました。
母はタクシーの中で泣いていました。
私は何としてでも「中等部の二次試験は合格する!」と再びやる気になりました。
そしてまたしても急遽田町のホテルに泊まり(4泊目)、
体操服への着替えと家族全員で面接の練習をしました。
2月5日は中等部の二次試験日。
面接も体育実技も、練習した通り落ち着いて受験することができました。
午後にはSFC二次試験の合格発表。
結果は合格。
家族みんなで、わいわい喜びました。
そして2月6日。
私の中学受験が終わった日。
中等部二次試験の結果発表は、SFCの入学手続きが終わって
辻堂駅から自宅へ帰る電車の中で確認しました。
横浜駅のホームに電車が入るときに、
突然父が泣き始めてどうしたことかと思ったら結果は合格。
こうして、泣いて笑って私の受験生活は終わりました。
私がこの中学受験で学んだことは、
・努力は必ず報われるということ
・失敗してもすぐに気持ちを切り替えて、合格を自らつかみ取ること
・過去問は計画的に行うこと
(私は5年分くらいしか終わらなかったです)
・お父さん・お母さんと受験本番の流れなどをよく確認しておくこと
(私の家族は、いろいろと失敗したのでどうかくれぐれも!)
・そして、受験生活は苦しいけれど最後の本番くらいは楽しむ!ということ
です。
ちなみに、私は最初1泊の予定が4泊になり、すごく大変でした(笑)。
長々と書いてしまいましたが、最後まで読んでくれてありがとうございます。
中学受験生、頑張れ!
そして私ができなかった全勝を目指してください!
最後に、阿部先生・畠中先生・廣瀬先生をはじめとした先生方、
切磋琢磨した友達、私を支えてくれた家族、改めてありがとうございました!
Wisardよりメッセージ
進学おめでとうございます。
2月が全部ほぼ第1志望校という、大変な受験をよく乗り越えました。
しかも大きく傾向の異なる、癖のある学校ばかり。
どの学校も過去問に力を入れなければならないというのは、
後期の学習が本当に大変だったと思います。
私も、ご両親から過去問の進め方をご相談いただいた時に、
(国語の得意なIさんだから、国語の過去問は抑えめにすべきだけど、
これでもすごい量になってるなー……)
と思いながら、提案内容をメールに書いていたのを覚えています。
そんな大変な志望校対策を乗り越え、結果に結びつけたあなたの努力は、
大きく誇れるものです。
どの学校のタイプでも全く問題ない!
と太鼓判を押せる状態にまで仕上げていました。
その結果勝ち取った慶應義塾中等部での生活を、
持ち前の明るさで大いに楽しみながら、
さらに大きく羽ばたいていってください。
畠中
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