Wisard公記 No.2

Hくん(2025年度/芝中学校 進学)

僕が野球をはじめたのは小1のとき。
それから野球漬けの生活を送ってきた。
学校から宿題が出ないので、下校するとひたすら公園で遊んでいた。
姉がずっと家で勉強していたので、
僕の使命は「家を静かに保つこと」ただそれだけだった。

そんな僕が阿部門下生になったのは、小4のとき。
体験授業からめちゃくちゃおもしろくて、算数もっとやりたいなと思った。
それから土曜の夜、野球の一日練習のあとに行くことになったけど、
疲れなんか感じなかった。
算数パズルがおもしろすぎて、教室でも家でもプリントを解きまくった。
難しい問題が解けると気持ち良すぎてやみつきになった。

夏ごろ、チームの先輩から硬式野球部がある私立中学校があると教えてもらい、
中学受験をしたくなった。
阿部先生からは、野球をやりながら中学受験は大変だから
高校受験にしたらと言われた。
でも、高校受験だと中3というめちゃくちゃ野球がおもしろくなる時期に
野球ができなくなるので嫌だった。
だから僕は受験することに決めた。

新小5になると、サピックスに入った。
入塾テストは、国算はなんとかなったけど、
理社が偏差値25くらいでCクラスからはじまった。
サピックスの授業は理社もおもしろくて、すぐに夢中になった。
成績もどんどんあがり、4月のマンスリーでαにいくことができた。

6月の男子校フェスタで芝の野球部の顧問の先生に出会った。
なんと山形・羽黒高校が甲子園にいったときの監督で、
熱闘甲子園で見たことのある人だった。
体験練習に何度も行かせてもらい、
芝で野球をやるんだという気持ちがますます強くなった。

小6が近づいたある日、僕は気づいた。
サピックスの小6って、土曜日も授業がある。
芝には行きたいけど、どうしたらいいんだろう。
野球をやめなくちゃいけないのか。

そんな時、僕のチームは新人戦で優勝した。
仲間たちと6年のリーグ戦も絶対優勝しようと誓い合った。
僕は決めた。
小6まで野球を続けよう。
サピックスをやめて家で勉強しよう。
Wisardで国算を固めて、理社は母塾で乗り切ろう。
しかし、僕の計画はあっさり打ち砕かれた。
阿部先生は、赤坂教室に行ってしまうので、
日曜日にしか南浦和にいないという。
日曜日は野球なのに…。
ここでもまた僕は選択を迫られた。
そして僕は野球を選んだ。

雨が降って練習がなくなった日にWisardに行くと伝えると、
先生は呆れていた。
でも、僕を見捨てることはなかった。
四谷大塚の予習シリーズで勉強を進める僕のために、
予習シリーズの演習問題集をYoutubeで全問解説してくれたのだ!!!
Youtubeのコメントでやりとりしていたので、
滅多に会えないけど僕を応援してくれていることは伝わってきた。
最高にわかりやすく解説している動画なので、
予習シリーズを使っている人は絶対見てください!!

9月になると、平常授業が水曜日になったので
やっと週1で通えることになった。
過去問対策のために理科の個別にも行き始めて、
僕はようやく受験生らしくなった。

12月になると野球を卒団した。
結局リーグ優勝はできなかったけど、僕は首位打者と打点王を獲った。
ここまで野球を続けられたのは阿部先生のおかげなので、
このタイトルも3割くらいは阿部先生のおかげだと思っている。

それからは受験勉強に全集中した。
冬期講習はWisardと他塾の芝特訓にいき、朝から夜まで勉強しまくった。
1月の埼玉受験も全勝し、芝の受験に向けてギアをあげまくった。

そして迎えた受験前日。
僕の誕生日でもあった。
ホテルにつくとなんと野球部の顧問の先生にばったり会うことができた。
その時に「頑張って」と言われ、僕は奮起した。
さらに素振りの帰りまたまた偶然会うことができたのだ。
その時、「これはきた!」と思った。
僕は最高の誕生日プレゼントを手に入れた。

ついに来てしまった2月1日。
阿部先生と畠中先生との写真を手にした僕は芝の受験会場へと向かった。
期待していた校長先生はなんと校門にはいなかった。
さらに算数の出題傾向は変わりハプニングの連続。
しかし最後の最後、僕を助けてくれたのは
得意な算・理・社ではなく、とてつもなく苦手な国語だった。
過去問で点数が出なくても頑張ってきてよかったと思った。
そして午後は都市大付属を受けた。
睡魔との戦いだった。

運命の午後8時。
ボタンを押すと桜ではなくリボンで装飾されたページが出てきた。

「今回試験の判定結果は合格です」

僕は雄たけびを上げ、ホテルのベッドを壊すほど跳ね回った。

ちなみに睡魔との戦いであった都市大付属はⅠ類の合格だった。
僕は睡魔と戦いながら問題とも戦えるほど力がついていた。
先生ありがとう。

僕の受験生活の思い出はここまで。
結構長くなっちゃったけど、ここまで読んでくれた人、ありがとうございます。


僕が自分に言い聞かせているのは「つらい時に頑張れる人が勝てる」ということ。
試合を決めるのはいつだって、疲れがたまってつらい時のプレーだ。
疲れて集中力がなくなるとミスをする。
僕も悔しい思いをたくさんしてきた。
だから僕は、つらい時にこそ自分に負けないようにしている。
疲れて面倒くさいなという時でも毎日素振りはやった。
(もちろん、受験の時のホテルにもバットを持って行った)
疲れてダラダラしたいときでも、今日やると決めた勉強は終わらせた。
僕は絶対に後悔したくないから。

僕の受験生活は特殊だったと思う。
Wisardという特殊な塾がそれを可能にしてくれた。
僕の気持ちを尊重してくれた。
僕が大切にしたいものを一緒に大切にしてくれた。
こんな塾は他にないと思う。

先生方、受験だけでなく、僕の人生を応援してくれてありがとうございました。

僕はこれからも応援してもらえる人間でいようと思います。

(完)

Wisardよりメッセージ

進学おめでとうございます。

エネルギーあふれる文章ですね。
最高です。

5年生終盤の段階でお母さまとご相談した際、

「5年生カリキュラムは一通り扱いましたし、
これから進学くらぶと週1回の通塾で、
6年生1年間で芝中に合格な算数の学力は
ほぼ間違いなくつくでしょう」

ということをお伝えしました。
そして、

「ただし、それは「彼の高い能力が二兎を追うやり方を可能にする」のであって、
普通の子であれば絶対ムリです。
かなり特殊なやり方にトライしているということを
わかっておいてください。
少なくとも他の受験生と足並みをそろえた努力をした方が、
合格の確率が上昇することは確実です」

ということも。

そしてきみは二兎を追うことを選びました。
実際、君は平日完全フリーの時間とエネルギーを
上手に勉強に振り分け、
Wisardから見ればスランプもなく、
まっすぐ合格への道を走ることができました。

こうして書いてくれた文章を読むと、
当事者意識をもって取り組んできたんだな、
ということがあらためて感じられます。
このアプローチは、小学生っぽいものではなく、
保護者の助けを借りないこれからの学習につながるもの。
中高でも文武両道で活躍してくださいね。


「試合を決めるのはいつだって、疲れがたまってつらい時のプレーだ」

これはカッコいいので、採用したいと思います。

「先生が小学生の時から、ずっと意識していることがある。
スポーツでは、試合を決めるのはいつだって、
疲れがたまってつらい時のプレーなんだ。
勉強も同じだ」

こんな感じで(笑)

阿部

2025年